リーフキャスティングの歴史

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リーフキャスティングの歴史 最近の動き

●デジタル技術を活用したリーフキャスティング

アメリカのフォルジャーシェークスピア図書館〔Folger Shakespeare Library〕のフランク・モーリー氏(Frank Mowery)が開発したリーフキャスターはデジタルカメラとパソコンが接続されていて、紙の厚みと欠損部分の面積を正確に計測することで必要なパルプの量を計算します。16世紀の貴重書やアート的な作品にも利用されており、ジョージワシントンの直筆日記の修復にも採用されました。
また、バイエルン州立図書館〔Bayerische Staatsbibliothek〕のヘルムート・バンザ氏のリーフキャスターは、色差計で本紙の色を測色して自動的にパルプ繊維の色の配合を数値化するシステムを附属させ、長く稼動しています。

●日本での装コウの技術への活用

日本の国宝修理装コウ師連盟に属する工房においても、漉嵌法という呼称で積極的に取り入れ始めています。山鹿素行著述稿本類(平成 4~13年)、重要文化財指定の彦根藩井伊家文書(平成 10~16年)他の典籍や古文書が漉嵌法で修復されています。
装コウにおける漉嵌法はリーフキャスティング法の原理と同様のものですが、求められる仕上がりがオリジナルの本紙により近いものであるため、入念な事前の紙質調査がなされます。その上で、オリジナルと同じ繊維原料の調整や加工、簾の目を合わす、流し漉き風に漉き槽を前後に動かしてキャスティングするなどの工程があり、本紙の保存性と風合いの保存を両立するために高い専門性と設備技術を必要とします。
その究極として、リーフキャスティング法の応用ともいえる DIIPS法(Digital Image Infill Paper System)が開発されています。これはオリジナル文書を水に浸けたくない(あるいは浸けられない)場合、本紙の欠損を元にして作成したシートに漉嵌めして補紙を製作するという方法です。DIIPS法はその名の通りデジタルデータを利用し、シートの作成をしています。シートの穴に漉き込まれた補紙を剥がし、本紙の欠損部に一つ一つ正麩糊を用いて充填します。リーフキャスティング法とは異なるところは接着の方法で、紙繊維と本紙を接着させるのに「水素結合」を利用しないで、糊を用いるところです。
このように伝統的な装コウの分野でも、重要文化財や指定品でもお経や近世文書など厖大な歴史文書群の大量修復のために、リーフキャスティング法の長所である「飛躍的な」作業効率のアップまでは望めないものの、手仕事だけではあまりにも時間と手間がかかり過ぎる伝統的修復工程の中にリーフキャスティング法という新しい技術を取り入れて、作業時間の短縮化と保存性の向上を目指し確立しています。

●日本のリーフキャスティングのこれから

リーフキャスターの発展を中心に、リーフキャスティング法の歴史を見てきましたが、その裏側に、大量の処理を行なうことと仕上がりの出来についての技術的な歴史が隠れています。
そのなかでも、なかなか伝わらない・伝わりにくいことは、オペレーターの技術のことと使用される原料のこと、そして水素結合による接着法のことがあります。一つ目のオペレーターの技術については、たとえば日本においては、リーフキャスターを所有する会社(工房)において、その持てる技術を交換するような「横」のつながりはありません。よって技術的なことは、一つの会社の中だけで納まりがちです。それは、たとえばAという会社とBという会社、Cという会社があり、それぞれリーフキャスティングができるとした場合、それぞれの会社が「別の技術」で行ない、同じものではない、ということです。技術の優劣も外から見ていてはわかりませんし、内から見ても、どこにも比較するものがないので気付かないかもしれません。俯瞰的に技術を監督する機関も存在しません。
同じことは二つ目と三つ目の話にもつながります。二つ目の原料については、たとえば発注する際に使用原料についての仕様が載っていなければ、どのような原料が使われるかわかりません。その材料の保存性の良し悪しについて検証することも規定することもできないということです。
三つ目の水素結合による接着法ですが、ビーターを用いた原料の調製や、原料と原本の濡らしの程度、作業中の水流管理、また作業後のプレス、乾燥工程の具合で、水素結合による接着強度が変わってきます。本紙と充填部の接着が外れやすい場合は、リーフキャスティング法の限界ではなく、技術的な問題です。また外れやすいからといって、裏打ちをしてしまったら、結局糊を使ってしまうことになります。効用を狙ったうえでの仕様であるならば問題ありませんが、ただ外れやすいからという理由で、当たり前のように裏打ちをしてしまうのは、やはり考えるべき問題です。水作業後の乾燥工程も、水素結合による効果的な接着を生む工程でありますが、作業の都合で省いたり短縮したりすると十分な強度が得られないことがあるでしょう。作業者や監督者が、その工程を軽視していたり知識不足であった場合に、そのような仕上がりとなる可能性があります。
日本においても、リーフキャスティングを行なう会社が増え、裾野が広がってきたことは喜ばしいところです。しかし修復業界の実情は、リーフキャスティングの「価格」が重視されて、その「技術」については軽視される傾向があります。理由は、リーフキャスティングが機械を使った作業であり、機械を使っているものならば、工業製品のようにどれも同じ、というように誤解されているからなのではないのでしょうか。
これからのリーフキャスティング法の発展は、業者の努力というよりも、発注側(所有者)の意識に寄るものが大きいものと考えます。今の状況が長きに渡り続くようであれば、いずれしっぺ返しは、修復資料に帰ってきます。そしてリーフキャスティング法も「安かろう、悪かろう」の方向で定着、衰退していく方向にいくほうが、このままでは「自然な流れ」かと思われます。日本においては、ヨーロッパ各国のように、公立図書館や文書館に修復所が附属しているところは限られています。品質を守るにはどのような取り組みが必要なのか、問題提起や議論を超えて、実践が求められる時代となってきました。

■まとめ リーフキャスティング法の原点は「大量修復(mass conservation)」

世界的な視点からリーフキャスティング法をレビューしてきましたが、ヨーロッパのコンサバターが洋書の 1丁(リーフ)の欠損部分の穴埋め用に開発したリーフキャスターの目指したものと、増田勝彦氏が先行研究で和本の虫喰い穴埋めのために開発した漉嵌機が目指したものが、大量にある近現代の歴史資料の修復保存であることが再発見されました。
世界では、リーフキャスティング法は「大量にある資料に要する手繕い時間の短縮化」が最大の長所と認められています。手作業による繕いは作業も遅々として進まないことが多く、時間がかかることにより修復コストがかさみ、修復できる点数も増えません。大量修復への取り組みが、これからも日本に根付いて、瀕死の状態にある多くのアーカイブズが広く活用されていくために、リーフキャスティング法の長所が、様々に活用されていくことを願ってやみません。