リーフキャスティングの歴史

リーフキャスティングの歴史 日本の動き

●日本におけるリーフキャスティングの研究・実用化 1 ~増田 勝彦氏の取り組み 

日本におけるリーフキャスティング法のパイオニアは、増田勝彦氏(元昭和女子大学教授)です。
東京国立文化財研究所修復技術部に在籍していた時に「漉嵌め法」という呼称で紹介し、研究成果は「漉嵌機の和紙修理への応用」(1976年「保存科学 第15号」、1977年「表具の科学」)で発表されています。試料攪拌の工夫、本紙の周囲の繊維のかかり方、本紙の浮遊防止金網の改良、ネリの効果、原料の叩解、作業後の圧縮乾燥の有効性などが確認・問題提起されています。1986年3月には、資料保存研究会の定例会においてその成果が発表されています。
漉嵌機の研究・実用化は、改良型2号機をモデルにした漉嵌機が導入されて、1988年に元興寺文化財研究所に引き継がれていきました。

ブックレット

ニュクシャ氏から送られたブックレット

古文書補修の新兵器

読売新聞で紹介された「すきばめ法」

元々表具師(昭和40年4月から遠藤得水軒で絵画・文書修復に携わる)であった増田氏が、リーフキャスティングの研究を始めたのは、手間が多くかかる虫喰い穴のある古文書の修理を、機械的な方法で解決できないものかと考えたからです。そんなときに、東京国立文化財研究所(現 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所)に研修に来ていたアメリカの女性の研究者から贈られたものの中に、リーフキャスティングの資料がありました。そこで、旧ソ連のユリア・ニクシャ氏が昭和31年に書いた『水流によってパルプを紙の欠失部分に充てんするすきばめ法』という論文に出会い、研究に取り組み始めたのでした。増田氏は、M.E.サルティコフーシュチェドリン図書館のチーフだったユリア・ニクシャ氏と連絡をとり、1975年にその研究の成果が載ったブックレットを送ってもらっています。
増田氏が実験的に開発した漉嵌機では 1枚の虫喰い文書を修理するのに「ざっと15分」かかり、1枚の修理が 2、3分ですむようにするためには改良の余地は多いと述べている新聞記事があります。(読売新聞夕刊(1977年10月25日)記事「古文書補修の"新兵器"-虫食い一ページ、数分で」より)
1987年5月に行われた国立国会図書館図書部古典籍課による漉嵌機実演見学において、「限られた時間の中で、手間をかけてはやれないが、放置しておけない資料を機械化によって救い、それで得た時間と労力を、人間の積み重ねて来た最高の技術と手間を必要とする資料にこそ注ぎたい」と増田氏は述べたといいます。

●日本におけるリーフキャスティングの研究・実用化 2 ~デンマークの修復・保存の取り組みの日本への紹介 

実演案内

リーフキャスター実演案内

ペア・ラウアセン氏

来日したペア・ラウアセン氏

1987年2月には、東京国立文化財研究所の招請研究員としてペア・ラウアセン氏が来日し、増田氏との研究交流が行なわれ、資料保存研究会と古文化財科学研究会の共催で、ラウアセン氏の講演と、リーフキャスターの実演が行われました。同年10月には、日本図書館協会の招きと国際交流基金の援助でデンマーク王立修復・保存技術学院ハンス.P.ペターゼン氏(Hans Peder Pedersen)が来日し、各所で講演を行ないました。これら一連の出来事は、日本においても大量修復に対する意識が生まれる萌芽となりましたし、修復保存の世界が本格的に拓かれていく契機にもなりました。

●日本におけるリーフキャスティングの研究・実用化 3 ~坂本 勇氏の取り組み 

ゆずり葉3冊

デンマークのリーフキャスターを紹介した「ゆずり葉」

1987年デンマーク王立文化財修復保存技術学院において修復保存の専門家の養成課程を履修していた坂本勇氏が、ペア・ラウアセン氏からリーフキャスティング法の技術を習得しました。
坂本氏は、1985年にかなや工房(金谷博雄)発行の『ゆずり葉』31号において「紙の補修器」としてデンマーク式のリーフキャスティング・マシンを紹介し、そして資料保存研究会ニューズレター第4号においては「すきはめ機」と名を変えて紹介しています。同記事内で、「リーフキャスティグ法は日本の在来技法として紙の修復に使われてきた'すきはめ'と同じ原理だと教えられた」と記述されています。
ヨーロッパを中心として発展したリーフキャスティング法は、修復対象が洋紙であり、用いる繊維パルプも洋紙原料のコットンやリネンや木材パルプで、短繊維の材料が使用されていました。対して、日本における修復の原料は、楮や三椏、雁皮といった靭皮繊維は長繊維です。ここが技術的な壁となって、増田氏の研究においても、この点の克服が焦点となっていました。
坂本氏は、増田氏とも意見交換しながら、高知県紙業センター(現・高知県立紙産業技術センター)の技術指導や、手漉和紙原料処理の専門家の協力を得てながら、また古の紙漉きの原料加工の知恵を得ながら、リーフキャスティングに適した靭皮繊維(楮・三椏・雁皮)の原料作りに工夫を重ねていきました。
また欧米ではリーフキャスティングに使われたことのなかった「ネリ」を作る材料であるメイパムの使用を試みたりするなど、ラウアセン氏とともに試行錯誤を繰り返しました。そして1988年2月に満足のいく仕上がりに至り、和紙を原料としたリーフキャスティング法が生まれ出たのでした。

初代リーフキャスター

TRCC五日市アトリエに設置されたリーフキャスター

坂本氏はディプロマ取得後帰国し、1988年12月に東京の五日市に有限会社東京修復保存センター(TRCC)を設立して、デンマーク製のリーフキャスターを軸に、虫喰いだらけの古文書の修復を始め、欧米の修復保存の理念を基本としたスタイルで、日本における商用リーフキャスティングの分野を開拓していきました。
これら一連の動きを坂本氏は、1991年にスェーデンのウプサラで開催されたIADA大会で「Report on New Conservation Form for Archives and Library Materials in Japan」と題し、口頭発表を行ないました。日本の和紙の繊維をリーフキャスティング法に応用した事例報告は、海外のコンサバターの関心を引きました。
その後、日本においてもリーフキャスターは製作されており、代表的なところでは株式会社ニチマイや株式会社タツヤが製品として販売しています。修復技術者が、手作りで工夫して自作している修復工房も少なくありません。