リーフキャスティングの歴史

リーフキャスティングの歴史 世界の動き

●なぜリーフキャスティング法が世界に広まったのでしょうか?

ヨーロッパでは、1966年のフィレンツェで起こった大洪水による文化財の被災を契機に、資料保存の世界において大量修復という考え方が大きく取り上げられるようになりました。マス・コンサベーション(Mass Conservation-大量修復)という新たな課題への取り組みです。過去の修復の失敗への反省もあり、新しい修復技術に求められる安全性、可逆性への目が厳しくなっていたところで、リーフキャスティング法が理想的な修復方法の一つとして浮上しました。化学糊や化学薬品を使わないで、水を介した繊維間の水素結合による接着は理にかなう方法であると、注目を浴びたのです。

●1967年IADA大会での衝撃

アルカライ機

アルカライ氏のリーフキャスター

この方法が画期的な新技術として認識されたのは 1967年のドイツのフライブルグで開催された IADA大会で、旧チェコスロバキアのヨセフ・ヴィスコシル氏( Joseph Vyskocil)が、 "manual pulp infll"法と呼ばれる技法を発表しました。紙の原料のパルプ繊維を用いて修理する技法です。この技法は、1930年代には、旧チェコスロバキアのボヘミアから始まり、プラハ、ブルーノ、オパヴァの公文書館で行われていました。
ブルガリアの国立図書館に化学エンジニアとして在籍したステラ・アルカライ氏(Stella Alkalay のちにEather Biyd-Alkalayと改姓)も大会に参加しており、「Bulgarian pulp technique」として実演されました。彼女は1961年からリーフキャスターを開発研究し、その成果を数多くの論文を発表していますが、そのもとになる知識は、1950年代後半に旧ソ連のレニングラード(現サンクトペテルスブルグ)の国立図書館でのリーフキャスター研究でした。
西欧においては機械化された"manual pulp infll"法は無かったので、この大会で、大量修復(mass conservation)における新しい進化を目の当たりにした西欧の技術者は、各々の自国において、さかんにリーフキャスターの開発が試みられるようになり、次々といろんなタイプの機械が製作されていきました。ヨーロッパ各国には、公立図書館や文書館に修復所が附属していて、大量の劣化損傷資料を所蔵していたので、リーフキャスターに大量修復の可能性を見出したのです。

●リーフキャスティング技術の変遷 1 ~IADA大会後の西欧の動き

ヨセフ・リース機①

ヨセフ・リース氏のリーフキャスター①

ヨセフ・リース機②

ヨセフ・リース氏のリーフキャスター②

カール・トロバス機

カール・トロバス氏のリーフキャスター

このようにリーフキャスティング法は1967年のIADA大会がきっかけとなって、西側でも情報交換が盛んになりました。そんな中で、スイスのチューリッヒ市立公文書館〔The Zurich Municipal Archives〕が、まずは先鞭をつけました。アーキビストであり製本家だったヨセフ・リース氏(Joseph Ries)が、1968年にブルガリアの国立図書館〔The National Library in Sophia〕を訪れ、直接リーフキャスターの情報を得る機会を得た後に、自前で自然落差式のリーフキャスターを製作しました。
同じくIADA大会に参加していたオーストリア州立公文書館〔Styrian Regional Archive〕のカール・トロバス氏(Karl Trobas)も、1968年に「モデル1」を、1970年に「モデル2」を開発しています。このマシンは、あまりにも大量の水を必要としたので、その後発展することはありませんでした。

●リーフキャスティング技術の変遷 2 ~IADA大会前の東欧の動き①

ROM1

ニュクシャ氏による初期型のリーフキャスター ROM1

ROM2①

1970年初頭:工場の抄紙工程を思わせる ROM2

ROM2②

ROM2のホランダービーター

ROM2③

ROM2のリーフキャスター

ROM2④

ROM2の液圧プレス

IADA大会以前での東欧での変遷を見ていきます。もっとも初期のリーフキャスターは、1956年からユリア・ニュクシャ氏(Julia Petrovna Nyuksha)によって、旧ソ連・レニングラードのM.E.サルティコフーシュチェドリン図書館〔M.E.Saltykov-Shchedrin State Public Library〕において開発されたものでした〔ROM1〕。彼女は1958年までに多くの論文を発表していましたが、残念ながらこれらはロシア語で書かれたものでしたので、この技術が西欧に知られるようになるのは、1967年を待たなければなりませんでした。
この技術はさらに発展し、工場での抄紙にヒントを得て、ホランダービーターからカレンダーまで備える、大掛かりなリーフキャスティングのシステム〔ROM2〕が1965年から開発が始まり、1960年代後半には稼働していました。

●リーフキャスティング技術の変遷 3 ~IADA大会前の東欧の動き②

Recurator②

Recuratorの仕組み

Recurator③

Archives NationalesのRecurator

Recurator①

デニス・ブルン氏とガイ・ペザーブリッジ氏

旧ソ連以外の地域では、ブルガリアの国立図書館〔The National Library in Sophia〕のアルカライ氏が、1961年に最初のリーフキャスターを、1965年に2番目のモデルを制作しました。イスラエルに移住後の1971年、イスラエル国立図書館〔Jewish National and Hebrew University Library〕において「Recurator」という名のリーフキャスターを制作しました。しかしながらこのマシンも水をリサイクルできるものではなかったので、サイズを大きくすることに限界がありました。〔1987年のアルカライ氏の論文によると、1950年代の終わりにユリア・ニュクシャ氏のリーフキャスティング法を知り、大いに刺激を受けたことが契機だったことが書かれています。
「Recurator」のその後は、エルサレム・ヘブライ大学〔Hebrew University〕から、米国議会図書館〔the Library of Congress〕 、ニューイングランド文書修復センター〔The New England Center of Restoration〕、フランス国立公文書館〔Archives Nationales〕、ケンブリッジ大学図書館〔the University Library in Cambridge〕に向けてリーフキャスターが製作され、また、デニス・ブルン氏(Denis blunn)とガイ・ペザーブリッジ氏(Guy Petherbridge)が使用した後に、大英図書館〔The British Library〕でも設置されたことが述べられています。論文の最後に、トピックスとして、ニュクシャ氏もベルトコンベヤー式のリーフキャスターを開発したと書かれています。〕

●リーフキャスティング技術の変遷 4 ~西欧での新たな技術の試み①

german sheet former

German sheet former

Pumpsauger①

Pumpsauger(suction pump)

Pumpsauger②

Pumpsaugerの構造

マーグルブ機

小型リーフキャスター

今までのリーフキャスターは、製紙試験場などで実験用の標準紙を作るためのシートマシン(German sheet former)を原型としていましたが、1970年代になると、スイスやオーストリアの先立とは異なるタイプのリーフキャスターが登場します。
1971年にはウィーンのオーストリア国立図書館で、電動式のポンプを使わない、「Pumpsauger(suction pump)」と呼ばれる変わった吸引式のリーフキャスターが製作されました。このマシンのメリットは、仕上がりに難があった自然落差式のウィークポイントである「水抜け」を、サクションの機構を作ったおかげで改善できることでした。
またドイツのマーブルグ大学図書館〔Marburg University Library〕では、大量の水を使わず、部分的に処置をする小型のリーフキャスターの研究も進められました。

●リーフキャスティング技術の変遷 5 ~西欧での新たな技術の試み②

stroma

Stroma

vinyector

the Vinyector

1973年にはドイツのNis Lorenzen社が「Stroma」というマシンを制作しました。これは水をリサイクルさせる機構を搭載した初めてのマシンでしたが、ポンプの方式が独特であったため製造コストがとても多くかかり、高価なものになってしまいました。
1974年には、スペイン・マドリッドの国立書籍修復センター〔Spanish National Center for the Restoration of books and Documents〕で「the Vinyector」というリーフキャスターが制作されました。これは機構が良くできたマシンでしたが、リーフキャスティング以外にも、洗浄や漂白、燻蒸ができる、盛り沢山な機能が付与されていたので、結果的に操作が複雑なマシンでした。

●リーフキャスティング技術の変遷 6 ~水頭差を利用したリーフキャスターの登場

ドイツのミュンヘン州立図書館〔Brvarian State Library in munich〕では、1970年代はじめ、新しいリーフキャスターの開発を始めました。ゲオルグ・バーゲンダー氏(Georg Bargender)が、1971年に木とプラスティックを併用した第一号機を作り、その経験を踏まえて1973年にさらに発展させて改良機を作りました。
これは水頭差を利用したタイプで、機械的なポンプを使わず、水が落ちる力を利用しながら、手動でサクションの機能を生む原理ができたマシンでした。電気を使うのはサイドに設置された水槽からパルプで満ちた水を引き上げる水中ポンプのみです。
ラウアセン氏はこれが最も理想的なタイプとし、1980年に自分自身でも重力を利用した水頭差による吸引方式のリーフキャスターを製作しました。近隣のノルウェーやスエーデンなどの修復工房で水頭差を用いたいわゆる "ミュンヘン式"のリーフキャスターを何台か製作した後、その経験を活かしさらなる改良を試みました。最大の改良はミュンヘン式リーフキャスターで用いられていた木の使用を止め、マシンの奥を蝶番構造とした跳ね上げ式としました。またキャスティング槽を上に引き上げる仕組みを機械の底部に移動させることでリーフキャスターの上に広いスペースが確保できました。もう一つ特筆に値するのは、内側のキャスティング槽を外枠槽の底部に押し下げるテンションアームをシンプルにしたことです。こういった改良を進めながら、安定したリーフキャスティング法を完成させていきました。

ミュンヘン式①

水頭差を利用したゲオルグ・バーゲンダー氏のリーフキャスター

ミュンヘン式

ミュンヘン式の構造図

ラウアセン機①

ラウアセン氏によって機構が改良されたリーフキャスター

ラウアセン機②

改良されたリーフキャスターの構造図

〔リーフキャスティング技術の変遷 1~6〕の項は、デンマーク王立図書館の製本修復保存部技官ペア・ラウアセン氏(Per M.Laursen)による論文「Description of Various Leafcasters,1956-1982(様々なリーフキャスティングの概要 1956-1982年)」を基にしています。〔ラウアセン氏の論文は元々1982年にデンマーク語で執筆されたものです。(翌々年本人がドイツ語に翻訳した)アメリカの機関誌Abbey Newsletterにおいて英訳され1992年に出版されました。当時Abbey Newsletter編集長だったエレン・マクレディ氏(Ms. Ellen McCrady)は序文の冒頭で、『出版された直後のデンマーク語で書かれたリーフキャスティングの論文を初めて見た時、これはユニークで重要、なおかつとても有益な内容なので絶対英語に翻訳すべきだと思った』と述べています〕
この論文はリーフキャスティング法に関して、図解や写真を多用しながら技術的な内容を解説しているとともに歴史的要素をも含めて幅広く言及しています。修復家としても数多くのリーフキャスターを製作し自分自身も使い続けています。この論文ひとつとっても、ラウアセン氏は、リーフキャスティング法の発展の歴史において、とても重要な位置にある人物といえるでしょう。

●試行錯誤から、本格的な実用化へ

バンザ機

バンザ氏のリーフキャスター

UAE製機

UAE製のリーフキャスター

TRCC機

TRCCのリーフキャスター

1980年代から1990年代のリーフキャスターの開発状況についてはラウアセン氏の論文のような全般的な情報を含む文献資料がないため、技術的発展に関する詳細を網羅することができていませんが、現実には海外ならびに日本国内で様々なタイプのリーフキャスターが製品化されています。ヨーロッパでは先のデンマーク、ドイツ、スペイン、ロシアの他、オランダやイギリスでも作られおりヨーロッパ製が主流となっていますが、アメリカではアメリカ製、アジアではシンガポール製が多く見られます。また、アラブ諸国では UAE製のリーフキャスターがよく使われています。
1990年に入ると、ドイツのバイエルン州立図書館〔Bayerische Staatsbibliothek〕のヘルムート・バンザ氏(Helmut Bansa)が、流体静力の原理を用い、空気圧で制御するComputerized leafcastingと呼ばれるリーフキャスティング法を実用化し、その後、ペーパースプリットの技法に応用されています。

アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アラブ製のリーフキャスターを見聞した経験から、おそらく世界的に見てデンマークのラウアセン氏のリーフキャスターが、文書館や図書館、修復工房でもっとも多く稼動していると思われます。日本国内でも 9台が稼動しています。ラウアセン機は東京修復保存センターにおいて創業時から使われ続けており、次第にサイズアップし、4世代目となっています。
ラウアセン機が普及したのは、「修復家が作ったマシン」であり、その特徴は、使いやすく、またメンテナンスしやすいので操作性の良さとシンプルな機構が共存していることが理由ではないかと考えます。それが世界で普及している理由のひとつではないかと思われます。
そのラウアセン氏は今でもIADAやIFLAの大会でマスコンサベーションがテーマにある時は必ずといってよいほどスピーカーに選ばれ口頭発表をしています。2003年の IFLAベルリン大会の時の「The Role of Mass Treatment Techniques in Conservation」というテーマセッションです。「From Manual to Automatic」という題で自らが開発した連続式リーフキャスターによる手動式リーフキャスターでも間に合わないくらいの大量修復の実践例を紹介しています。

●大量修復にむけてさらなる効率化への挑戦

long wired leafcaster①

連続式リーフキャスター

さらなる効率化を目指して、ペア・ラウアセン氏は、連続式リーフキャスター( Long-wired Leafcaster)を制作しました。長さ4mのリーフキャスター上でワイヤーネットがベルトコンベアのように連続回転して資料を送り出す間に、繊維パルプがキャスティングできる、小型の抄紙機のような仕組みを持っている、新しい世代のリーフキャスターです。連続式リーフキャスターは、1枚の穴埋めがほんの4~10秒で終了します。これは手動式のリーフキャスターと比べると、10~30倍の作業効率となります。
このマシンだと、手動式のオペレーションに必要なパルプの計量が必要無く、しかも大きな漉き槽の上げ下げがないため、腕力の弱い女性でも、容易に操作ができる仕組みとなっています。オペレーター2人の共同作業で、1時間で100~150枚の修復ができるので、作業効率を飛躍的にアップすることが可能です。
ラウアセン氏の連続式リーフキャスターは、デンマーク以外にオランダ国立公文書館、フランス国立図書館、インドネシア国立公文書館や民間工房などで稼動しています。特に、ドイツやオランダの 2国だけで少なくとも 8台の連続式リーフキャスターが稼動しているのは驚きに値するのではないでしょうか。ドイツでは、このリーフキャスターと機械化されたペーパースプリットマシンを併用して、新聞原紙を主とした大量修復も実施されています。ラウアセン氏の機械をリファインした連続式リーフキャスターもオランダで製造されています。

long wired leafcaster②

インドネシアで稼働する連続式リーフキャスター

アジアにおいては、インドネシアでこのリーフキャスターが活躍しています。2005年12月にアチェを襲った津波で被災した土地台帳をジャカルタの国立公文書館にある連続式リーフキャスターを使って修復しています。
アーカイブズ大国にはこの規模のリーフキャスターが存在し、資料が死蔵されるのを防いでいます。膨大な記録資料や永久保存の公文書や印刷された書物の修復には手動式のリーフキャスターでは限界があります。洪水や火事といった突発的な災害や事故が起こった場合、大量の被災資料が発生します。その際でも、連続式リーフキャスターならば、一時的に被災資料を凍結保存さえできれば、後日段階的に乾燥させて、大量修復処理で比較的低コストをもって蘇らせることができるでしょう。