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館資資料「重要雑録」の修復:本資料について
「東京国立博物館コレクションの保存と修理」でも、大量の書類を短い時間で処理した修理として紹介された重要雑録の修復は、2005年から始まり、2015年現在で6点の修復を終えています。
様々な紙質の書類が合本されて簿冊形態となっている重要雑録の劣化の特徴は、茶変色を伴う部分的な本紙の脆弱化です。枯れ葉状に崩れを生じて、触るたびに本紙の茶変色部が、崩れや欠損を生じてしまう状態です。
そのような劣化損傷に対する修復技法として、糊を使用しない接着、本紙の厚みが増えない、簾の目などの今後の調査研究に適している、また可逆性を重んじた仕上がりとなるなどの保存と活用に適したリーフキャスティング法が選ばれ、実施されてきました。
記録:撮影・劣化損傷状態記録調書作成・診断・調査・解体
現状の記録撮影を撮影台にて行なったあと、記録調書に現状の記録をとり劣化損傷の診断を行なう。
〈UVランプを用いた劣化損傷部の反応試験〉・〈劣化損傷部を中心にpH測定〉・〈インク焼けの有無をチェック-鉄(Ⅱ)イオンを測定する試験紙を使用しての検出テスト〉などを行なう。
その後、綴じ糸を解き、表紙を本体から取り外し、仮綴じの紙縒りを外すなど解体作業、綴じ部分の点検、記録などを行なう。通し番号(ノンブル)を和紙に書いて、本紙に貼り付ける。
中間検討会・修復技法の試行
博物館担当者と修復対象資料の修復方針(技法や使用材料、化学的劣化症状への処置、挿入物の保管法など)を、必要に応じ修復保存の専門家を招き、検討する。(例えば茶変色の劣化損傷部の補強については、裏打ちによる片面の補強のみでは、本紙を保護できないという意見が出、ラミネーション効果を期待し、裏打ちをした上に表打ちを行なうことで本紙を保持する修復法が検討された。)
その後、中間検討会での方針に基づき修復材料の準備と試験を行なう。
前作業:表打ち・裏打ち作業・回収・開き作業・インク焼け抑制作業・滲み留め作業
本紙を冊子から一枚ずつ外し、損傷部の欠落を防ぐためその場で表打ち作業を行なう。
表打ちには、グラデーションをかけた染めの仕上げにした専用の和紙を用意する。染色には、堅牢性の高いシリアス染料を用いる。
その後、裏打ちもリーフキャスティング作業前に行ない、安全に作業が推移するよう、特殊な工程で作業を行なう。(劣化損傷部の傷みが甚だしい事からリーフキャスティング作業の前に行なったが、本来ならばリーフキャスティング後に行なう作業であり特例である。)
回収した本紙は補修した和紙の余分を除去し、形を整えてリーフキャスティングの前作業を行なう。
滲み留め作業・インク焼け抑制作業
激しく滲むインク・罫線には、BCP液を用いる。処理後は、他の本紙と同様の修復方法により補強が可能となり、結果的に強弱の差が無くなり、均一な仕上がりとなる。(保存を考えた上で本紙の補強を優先するために、検討会においてBCP液の使用が決定された。)
インク焼けには、2つの劣化要因である酸と鉄イオンに対して、酸を中和する脱酸性化と、紙の中に存在する鉄(Ⅱ)イオンの酸化触媒の働きを止めるキレート化を実施する。キレート化により鉄(Ⅱ)イオンが触媒の働きをしなくなる。
修復作業:リーフキャスティング・手繕い
「水と修復用紙繊維」のみを用いて接着させるリーフキャスティング法による修復を行なう。リーフキャスティングに用いる修復用紙繊維は、リーフキャスティングの技法に適した加工を行なった特注の良質な楮・三椏である。
こんにゃく版については、オリジナルは脆弱な部分を手繕いで補強して別置きとする。
裁断
リーフキャスティング作業を行ったものは、仕上がりの最大寸法をとって、一枚一枚慎重に余白を裁断する。
複製物作成
ワンショットタイプのデジタル撮影機と専用台を用いて、表紙を除いた全丁の修復後の撮影を、袋になった本紙を開いた状態で行なう。
こんにゃく版についてはジクレー版画技法を用いた複製を製作する。
仕上げ:脱酸性化処理・再製本・簡易保存容器作成・修復後撮影
茶変色の劣化損傷部位にスプレー式のブックキーパー法による脱酸性化処理を行なった後、順序の最終点検(ノンブルチェック)を行ない、原形を尊重して再製本を行なう。その際、表紙は新調する。
封筒・はがき・小サイズの本紙は、ヒンジを付けて台紙に貼り付ける。元の表紙については、修復後に、最終丁の後ろに保護の和紙を一丁挟んで簿冊に綴じ込む。
こんにゃく版については、作成した複製物をオリジナルの代わりに綴じ込む。大判の絵図は、検討会での決定で、元の封筒には納めず、折りを少なくして広げた状態でフォルダーに納めて別置きとする。大判の複製は薄い機械漉き和紙にプリントし、オリジナルの元の位置に綴じ込む。
簡易の差込式フォルダーを作成し、冊子を納める。仕上げ完了後に写真撮影を行なう。
修復報告書作成
所見・工程の説明・特記事項・使用材料・作業員等の情報を載せた報告書を、仕様の形式に則り作成し、納品時に撮影した画像と共に納める。
修復後の資料
この修復事業については、東京国立博物館 の「1089ブログ:人気見学ツアー「保存と修理の現場へ行こう」」(2014年03月25日号)において〈紙の繊維の水溶液に、破損した資料を漬けて破損部に繊維を付着させる「リーフキャスティング」という修理方法には参加者から感嘆の声があがりました〉と、紹介されました。