BCPレポート から気づくこと

中小企業のBCMへの取り組みについて

■BCP(business continuity plan-事業継続計画)は本当に必要か

「BCPに取り組むうえで大事なことは」と問われた時に、経営者であるあなたはどのように答えるでしょう。
「BCPは、CSR(企業の社会的責任)への取り組みのひとつとして取り組むべきもの」「BCPはコンプライアンス活動を進める上でも求められるもの」勉強しているあなたはそのように答えるかもしれません。たしかにそれは模範的な解答ですし、間違いではありません。しかし理念を語るばかりでは「絵に描いた餅」となりかねないことも、十分に承知したうえでの回答なら、さらに加点されるでしょう。
いままでBCPというものを聞きかじって、知っている、というあなたも、他の企業がリスクに見舞われた時に、それでもすぐさま事業を再開できた場合、その姿をみて「えらいねえ、すごいねえ」という感想を持つだけで済む問題でしょうか。自分(会社や従業員)の身になって、そんなことが自分たちにできるのか、考えることができるでしょうか。そこに「どんなBCPへの取り組みがあったのだろう」かと興味を持つことが必要です。そこを端緒として自分の会社にとって「BCPは本当に必要だろうか」と問い直す良い機会となるはずです。まずは自分目線の延長線からBCPを考えていくことが出発点となるでしょう。

■誰のためのBCPなのか

災害やウィルスのパンデミック。非常時の混乱を考えれば、やはりBCM(Business Continuity Management)に取り組んでプランを策定することは、企業として必要なことです。BCPは、BCMの中で策定される「プラン」ということになります。
BCPとはなんでしょうか。手引き書を見てみれば、BCPは、サプライチェーンの寸断やステークホルダーに対する説明責任不全を回避することを主眼として、短期間での復旧を目指す道筋を示すために作成するものと捉えられています。要は「顧客離れを防ぐ、事業停止の損失を防ぐ」ことを大きな目的とする危機管理の具体策ということです。
サプライチェーンの一員として供給責任を果たすために、「できるところから事業継続を早く始めたい」
ステークホルダー(企業活動を行う上で関わるすべての人・組織)に対する責任を持つために、「事業を再開して被災前の経営に、できるだけ早期に復帰させたい」
実際にBCPを作成するうえにおいては、サプライチェーン全体でのBCM強化は「発注者側の問題」であるので、サプライチェーンへの供給責任については、発注者側と連絡をとりながら、BCPの必要な内容をつめていけばよいでしょう。ステークホルダーへの責任については、自分の会社が中心でありながらも、ステークホルダーとの関係性の中で、状況が連動して動いていくことに対処していくものです。つまり会社毎によって取り巻く状況が異なるので、当然BCPも会社毎に異なるのは当然ということです。
BCPの作成への手引きは、商工会議所や事業継続推進機構のウェッブページから無料で手にすることができるので、誰でもBCPを作成することはできます。しかし実際に災害にあった場合、事業を継続するにあたって、プランを超えて「予期せぬ」「想定外の」難問が立ちはだかった場合にどのように対処できるかが実は問題となるのです。これはそれぞれの事業体の実情に合わせて、想定外の事柄が起こることを「想定内」として対処できるようにするにはどうすべきか、ということです。ここで発想の転換が求められます。それは、「現場を策定したBCPに合わせる」のではなく、「BCPを現場に合わせる」形を取る、という発想です。また、平行して現場の対応能力も引き上げる工夫も必要となってきます。

■想定される「企業のリスク」の種類

企業に影響を与えるリスクは、災害・事故・法務・社会・財務・製品開発・内部不正があげられます。[企業を守る災害対策・事業継続のすすめ(オフィス、情報システムを中心に 大規模地震編)特定非営利活動法人事業継続推進機構 2008年]
これらを大別すると、予期もせずに突如発生するものと緩やかに押し寄せてくるものに分かれます。地震や津波などは前者でしょうし、インフルエンザなどは後者でしょう。ここでは前者の突発的に起こる災害に焦点を当てて話を進めていきます。

■壊滅的な被害を受けてしまった時に助けになるBCPとは

先程も言ったように、中小企業向けのBCPの作成の手引きは、ウェッブページから無料で手にすることができます。しかしながら一般的なBCPの手引書を参考にする場合、思いの外抜け落ちている局面があることに気が付きました。それはいわゆる「想定外」の局面が起こった場合での対処です。
想定外というのはどのような状況でしょうか。それは、今回の津波での被害のように壊滅的な被害にあって、どうにも手がなくなって、事業再開のきっかけすらつかめずに途方に暮れてしまうような過酷な状況です。そのイメージができません。たとえば東日本大震災においては、津波被害によって、そのような苛烈な事態が実際に起こってしまいました。あの津波被害のような被害を受けてしまった場合に、BCPはいったい何の役に立つのでしょうか。小さな企業にとって、こんな操業の基盤を根こそぎ奪われてしまうような決定的な状況に陥り、大変なリスクに見舞われたときに、経営者自身も被災者となってしまい生活の基盤すら失っているところで、建前ばかりのBCPを力強く言い続けることができるものでしょうか。
たとえば初動の危機(生命の危機)を乗り越えたとします。次に目の当たりにするのは、経営資源も壊滅して「経営の断絶」が引き起こされてしまった、もしくは大打撃を受けてしまい回復への道筋すら見えない状況です。きっと絶望にさいなまれ、今後の経営についてまったく見通しが立たないところで立ち尽くす事になるでしょう。
・誰だって思うこと 「被災前に時間を巻き戻したい」「かつて日常だったものに復帰したい」
・誰だって悩むこと 「従業員への処遇対応」「解雇か雇用の継続か」
・誰にでも立ちふさがる問題 「資金繰りの悪化」
立ち止まらざるをえないような、最悪な事態に対処するためにこそ、BCPはあるべきでしょう。

■ヒトは有事に冷静な判断ができるだろうか

BCPは「あってほしくないこと」が起きてしまったときにこそ「拠り所」となるものでなければなりません。
リスクに見舞われた直後は、「怪我」「倒壊」「火事」など、災害ならば生命の危機に至るような「体感的な危機的状況」が襲います。「指揮系統の不在による混乱」もあるかもしれません。
カタストロフ的な状況を無事に脱することができても、時間が経てば今度は「家族の安否確認」「衣・食・住の問題」「喪失にともなう精神的な打撃」のような「精神的な危機」も押し重なってくるでしょう。
そのような過酷な状況に陥ってしまった場合に、やるべきことを順序立てて判断して、冷静になって行動することなど、本当に可能なのでしょうか。たとえば災害にあってしまった場合、まず第一は「生命の危機から脱すること」が優先されますが、その際に「状況判断を行ない冷静に事業継続へのアクションをとること」などできるかということです。
あってはならないことが起きた時に、まずその状況を受け入れることができるのどうかが疑問です。大概の人間は、失ってしまったことのショックで現状を受け入れることができず、気持ちが押しつぶされてしまうか、ショックを軽減させるために思考停止になってしまうのではないでしょうか。

■非常時に「いつもどおりの動き」ができるための取り組み

平静を取り戻すために有効な行動とはどんな動きでしょうか。それは「ルーチンな動き」をすること。いつもと同じ動きをすることです。これによって、気持ちが落ち着き、冷静に判断ができるようになります。
つまりBCPが生きたものとなるか、使えないものになるかの分かれ目は、防災の行動と非常時の事業継続の行動が、どれほど「ルーチンになって、動きが身体に染み込んでいるか」であると言えるでしょう。常日頃の「防災訓練」と「BCPの実効力を高める活動」の融合への取り組みがあれば、冷静な判断のもとで、対処のできる土壌を作ることができるでしょう。

■BCPを作成するのに大事な視点

人命の安全確保、二次被害の防止を第一という「防災活動」があります。これは「人を守る」ことです。そしてBCPは、事業の継続、お客様への供給責任の遂行です。これは「ビジネスを守る」ことです。言い換えれば「経営資源を守る」ことでしょう。これらは防災・減災を終えた後に、BCPを動かすのではありません。防災活動と「並行して行なわれるべきこと」なのです。企業の成長に欠かせないものとして、経営資源は「ヒト・モノ・カネ+情報」と言われます。防災活動においては、そのなかの「ヒト」に焦点を合わせています。会社全体のコンプライアンスに対する意識を統一しておかないと、いざというときに防災・減災一色になってしまい、「モノ・カネ+情報」が放っておかれることになります。果たして非常時において、「人を守ること」と「ビジネスを守る」ことを両立させる、ということができるのでしょうか。
BCPは人命の安全確保、二次被害の防止に重きをおく従来の防災活動の考え方に、重要業務の選定、目標復旧時間の決定、サプライチェーンの観点の対策等の新たな視点をプラスするものです。
家族や従業員の安否確認をしながら、BCPを遂行することが果たしてできるのでしょうか。BCPを策定するときには、その視点を持ち続けることが必要でしょう。

■事業の継続に一番必要なものはなんだろうか―それは従業員

自分の会社と雇用関係だった従業員には生活があります。被災した従業員は、住居を無くしたかもしれない。しばらくして支援や保障で当座をしのぐための現金を得て、仮設住宅に居を構えることができた、一息ついたところで、次のステップについて落ち着いて考え始めます。次のステップとは職を得て、安定したインカムがある生活に復することです。職の無い、収入の無い土地に留まることなど、彼らが生活を続けていくためにはできないのです。
東日本大震災においても、人材の流出は東北の企業のみならず、東日本全体に広がっていると言われています。出て行ってしまった人は、新たな土地で就職してしまえば、もう帰ってはこないでしょう。新たな人材を呼ぶことが難しいなかで、経営資源としてのヒトが失われてしまえば、たとえ設備が元に戻ったとしても、かつての操業レベルを取り戻すことはできず、経営損失は計り知れないものとなるでしょう。人材の流出は、復興を目指す企業にとっては「取り返しのつかない」事態であり、これでは復興の芽も潰えてしまいます。
経営者が事業を継続していくためには、まずは経営者の頭に浮かぶことは「雇用を守ること」。従業員は「経営資源」のなかでも重要な位置を占める部分です。これを守ることができずに、従業員を解雇せざるをえない状況に陥った時に、「事業の継続」以前に、復興への気力さえ失われてしまいます。

■経営者と従業員のタッグで「第二の創業」

被害を受けて、事業の継続に向けて途方も暮れてしまうのは、経営者だけではありません。従業員も同じように、危機的状況を前に途方に暮れてしまいます。たとえば今回の津波被害では、職場も致命的な破壊を受けてしまったり、工場や事業所そのものが失われてしまったりする事態になりました。経営者と従業員は、雇用する側、雇用される側の関係にありますが、危機的な状況に対峙する立ち位置は同じです。経営者も従業員も同じ方向も見て、絶望に向き合ったところから、対応を協議したり、実践したりする状況が、労使の垣根を越えて活発化することもあります。被災前の状態に戻すのではなく、新たに一緒に作り上げていくために力を合わせることから、企業としての「一体感」が生まれることもあるのです。
この意識を土台にして、個々の能力を資源として、最大限発揮してもらう環境を整えていけば「第二の創業」も可能です。この流れに気づき「機を見るに敏」な動きをするのも経営者の仕事となります。未曽有の大参事の中でも、このように以前では思いもしなかった発見があったり、平時では改革も困難なものと思われていた「新たなつながりを作る」ことや「システムを再構築する」ことで、質の高い経営ができるチャンスになったりします。
そのような偶然芽生えた「宝」のような出来事は、事業さえ継続できれば、霧散させることなく、新たな企業の底力として生かすことができます。より競争力のある企業を作っていくことで、事業を継続、成長させる可能性があると信じることができます。
小さな企業にとっては、「BCPの発動と遂行」という粘り強い取り組みと、事業の継続も復旧もあきらめて、「経営をあきらめるという選択」という判断は、いつも背中合わせのもの。打ちのめされながらも、事業を継続させるために二枚腰で粘る胆力が、経営者に求められるところです。

■復旧活動と事業の代替への意識

中小企業と一言でいっても、その事業規模は数百人の従業員がいる大きな企業から、いわゆる「小規模企業」のまで幅広いものがあります。事業所の数も十数か所のところもあれば、一か所だけというところもあるでしょう。BCPの戦略として、被害を受けた事業所の復旧に頼らず代替操業可能な事業所に拠点を移して、操業を再開するというものがあります。工作機械の事業所間の移送手段の確保の判断は早急にしなければなりませんが、これなら供給の再開までを短い時間で済ますことができます。
問題は、一事業所のみでの営業の場合です。平時の営業時に経営判断として、災害を見越して事業所を増やすか、従業員への福利厚生や給与の引き上げなどに振り分けるか、事業の規模やビジネスプラン、従業員数など将来を見越した動きをしなければならず、それほど成長が見込まれない事業の場合には、難しいものがあります。

■自分の足場を見据えるために、まず考えるべきこと

大変なときには、きっと誰かが助けてくれるだろう、という気楽な気持ちが、BCMへの取り組みを鈍化させると言われていますが、ここはそんな指摘を逆手に取って、誰かが助けてくれるだろうの「誰か」について、まじめに考えることからはじめることも良いのではないでしょうか。
経営資産を喪失するような危機的状況に見舞われたときに、自分の会社を支えてくれるものとはなんなのか、東日本大震災で被災しならがらも、経営を継続している経営者から伺ったお話から浮かび上がってくるものがあります。それは「横の関係からの支え」と「縦の関係からの支え」です。

■縦横の支えの基盤

○横の関係からの支え
1つの企業の中だけでのシステムではなく、複数の企業間でシステムを構築するサプライチェーン・マネジメントが有効と言われていますが、災害時に壊滅的な被害を受けた時には、実は、ライバル意識を超えた同業企業体や業界団体や異業種交流団体のような企業ネットワークによるバックアップ体制が、地域の防災力を高めるのに有効であると思われる事例が、東日本大震災において見られました。工作機械の融通や事業所の設備の無償支援。取引先からだったり、同業者だったり、所属している業界の全国組織だったり。
さまざまな障壁に潰えてしまいそうな復興への思いが、さまざまな支えを受けて「やるしかない」「応えるしかない」という気力に形を変えて、事業の継続を目指して粘ることができます。
公的な資金援助、経営支援は動きも遅く、初動ではあてにならないところで、横からの支えの重要性は決して小さなものではありません。
○縦の関係からの支え(下支え)
経営資産として「ヒト」は重要な位置を占める部分です。もし従業員が、「経営感覚をもった」「独立した意識で動くことができる」「自分の仕事に誇りを持った」マンパワーであれば、会社の持つ力を「点」ではなく「面」で押し出すことができる体制とすることができます。事業を継続していく上では、従業員の支えはなくてはならないものであり、その質が高ければ、事業の停止による損失も、早期に少なくすることも可能でしょう。
サプライチェーンの発注者側との関係は、この「縦横の支えの基盤」の上に立って始めて成り立つものです。平時から横のつながりと縦のつながりを大事に育んでいけば、いざというときに「誰かが」助けてくれるでしょう。その考え方の延長線上に、CSR(企業の社会的責任)の考え方や、コンプライアンス(法令遵守)への取り組みが見えてくるはずです。
CSR(企業の社会的責任)も、「縦横の支えの基盤」の上に立つものです。そのような地に足のついたCSRの考え方を基本にして「なぜ取り組む必要があるのか」を考え、その「目的」をきちんと見据えてBCPを作成することが大事なこととなります。やはりBCPは、やらされて作るものではないのです。

■企業の永続的な活動を支える基礎は、固有の情報資料(アーカイブ)

そのBCMやCSR、そしてコンプライアンスへの取り組みに代表されるような企業の永続的な活動を支える仕組みは、それぞれの企業や団体が所有するさまざまなデータが基本となります。この基本を押さえなければ、その上に成り立つ仕組みも砂上の楼閣となってしまいます。当たり前の話のようですが、企業(団体の)風土に裏打ちされていない仕組みは機能しない、ということです。その企業なり団体の風土を浮き彫りにするためどうしたら良いのでしょう。それは過去から蓄積された資料やデータを頼りとして、企業なり団体の持つ固有の情報にアクセスして、まとめていくことです。過去から連綿と繋がる固有の記憶は、色濃く独自性を帯びているものと思います。それらを基礎として、未来に繋いでいったり、イノベーションを促進したりできるでしょう。BCMやCSR、そしてコンプライアンスへの取り組みは、その延長線上にあると考えられます。
過去の情報資料(アーカイブと言います)を、きちんと整理して残していく。そして利用できる状態にすること。まず、それらをデジタル化をしてコンテンツとして利用しようと思うかもしれませんが、実はそれはかなりのコストを必要とします。まずは、ボーンデジタルの資料が生まれる以前のさまざまな資料は、紙が基本ですが、それらを長持ちさせるようにケアすることが大事です。ミカン箱やボロボロになった箱に入れられて、湿気の多い倉庫の片隅に置かれたままになっていませんでしょうか。ホコリやカビ、湿気や結露の水が、大事な資料を静かに朽ちさせていきます。そうなってしまったら取り返しがつきません。修復するにも、びっくりするくらい費用がかかってしまいます。
一番コストを安く抑える方法は、なるべく健全な状態でできるだけ長持ちさせることです。立派な収蔵施設や大がかりな空調設備を整えるなんて非現実的です。まずはできるところから、安全にファイリングしていくことが大事です。保管場所も地下や外の倉庫はやめにして、湿気の少ない2階のフロアにするとか、日の当たりの良いところや雨が吹き込む恐れがあったり、冬の時期や夏の冷房時に結露が出ないようなところに置く、直射日光が当たらないところに置くなどするだけで、長持ちの度合いが変わります。それとファイリングしたものを箱入れすること。湿気やホコリ、大気汚染からよけることができますし、地震などで落ちた時も緩衝材となり、資料を守ってくれます。また、突然のフロア移転などにも備えて、運びだし易い形のものを選ぶと良いでしょう。市販の文書保存箱という茶色の段ボールでできた箱は、中に入れた資料を長持ちさせません。「酸」を発生するので、紙の寿命を縮めてしまいますし、箱も長持ちしません。文化財を入れるような中性紙保存箱も高価で、企業や団体の資料を保存するには予算を食いつぶしてしまいます。
大事な情報資料を保管するファイリング用品も、商品名に惑わされず、機能とライフサイクルコストとコストパフォーマンスを考えて、選ぶことが大事です。

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