BCPレポート 被災企業訪問記 経営者に聞く

株式会社 マイヤ 代表取締役社長 米谷 春夫・執行役員 新沼 達央

被災したマイヤ陸前高田店

マイヤ は三陸沿岸地域のシェアも利用客の支持率も圧倒的に高いスーパーチェーン。コミュニティとして愛され、地域の方々の暮らしに欠かせないローカルスーパーマーケットの役割を責務と感じている、公共的な意識の高い会社。「店舗を通じて商品を提供することを手段とし、地域のお客様方が健康で豊かな食生活を実現することを目標」としていると、公式ウェッブサイトで謳う。東日本大震災においては6店舗が被災した。

●あの大震災に伴う大津波でも、店舗での犠牲者はゼロだったマイヤ

尋常ではない地震の大きな揺れが収まった直後、マイヤの従業員は「これだけの大きな地震が来たから必ず津波が来る!」と直感しました。それは彼らにとって、ごく自然な判断だったといいます。大津波警報の有無にかかわらず、マイヤの「青い制服」を着た従業員は町を駆け抜け、高台を目指して一目散に走りました。お店にいたお客様も続きました。町の人たちもつられて逃げ始めました。マイヤの従業員の危機迫る動きは、逃げることを決めかねていた町の人にも「これはなりふりかまわず逃げなくては」というメッセージとなったのです。実際にこのマイヤの従業員のとっさの行動のおかげで、津波の難を逃れることができた方も多く、後に店長は、助かった町の人たちの多くからお礼を言われたといいます。
マイヤ陸前高田町店では、最後まで店内の確認をし、屋上へ避難した店長、次長、チーフや避難に来た住民、消防団員ら13人以外は、みな高台に避難しました。陸前高田町店では、店舗にいたお客様からも従業員からも一人も犠牲者が出ていません。しかも従業員は、防災マニュアルを見ながら行動した訳では無かったということが後からわかりました。すべてとっさの判断だったのです。
実は店舗のすぐ隣の市役所では、屋上に避難した市職員や市民計124人が助かったものの、多くの方が命を落としています。市役所向かいの市民会館にいたっては、市の指定避難所ということで市民ら70~80人が避難をしましたが、助かったのはたった十数人という悲劇の場となりました。「避難所として指定されていたから」と集まった結果、多くのかたが尊い命を落してしまいました。同じ場所にありながら、犠牲者がゼロだったマイヤとの違いはなんなのだったのでしょう。
マイヤの社長は、店長をはじめ従業員のこの行動力は、マニュアルがあったから出来たのではなく、実は日ごろの「訓練」があったからだと考えています。

●実戦さながらの防災訓練に真剣に取り組む「伝統」

マイヤでは年に2から3回、「火災防災訓練」を行なっています。「(株)主婦の店大船渡店」として創業したマイヤは、最初のころは春秋の火災予防週間にとおりいっぺんの避難訓練を行なっていましたが、まもなくそれを本格的な防災訓練に切り替えました。それは「30年以内に、99%の割合で三陸沖に大地震が来る」という予測があったため、それに対して備えるためでした。「火災防災訓練」では従来に増して真剣に取り組みました。また震災に備えた対応、準備を、日々の営業のなかでも地道に行なっていました。
マイヤの3つの社訓「時間厳守 5分前行動」「根性」「敏速な行動」。この考え方に基づいて防災意識を会社の風土として培ったのは、江田島海軍兵学校の体育教官をしていた経歴を持つ創業者である現社長の父親でした。創業者が先導率先して何十年と「火災防災訓練」を行なって、会社としての「伝統」としていったといいます。
実戦さながらの「火災防災訓練」では、実際に消防車を呼び、火や煙を出したり、本番さながらの消火作業。ある時は、5階から縄をつたって地上に降りるという避難訓練を行なったり、5階の屋上フェンスを越して外側に出て眼下を見る経験をさせるなど。現社長から見ても、異常なくらい厳しい訓練を課したといいます。「白い歯は見せない」「大きな声で避難誘導」「残存者の確認」すべて駆け足、本気の消火訓練。真剣の「火災防災訓練」は、マイヤの「伝統」ともなっています。
防災マニュアルは、加盟している大量販売機構株式会社シジシージャパンのマニュアルを基本としていますが、現場での実体験などを盛り込んで、実情に合わせて作り直しています。

仮設住宅近くの出張販売所

●事業継続に向けた対応の早さ すべては現場判断

今回の大震災において重大な被害を蒙った三陸沿岸部では、マイヤが圧倒的なシェアを持っています。「すべて地域の暮らしは我われが支えている」んだという自負心を従業員は持っています。
3.11の地震直後、マイヤ大船渡インター店でも電源が喪失、レジも使えなくなりました。高台にあり眺望もよいロケーション。ここまで津波が来ることはありえないと判断し、安全を確認の上16時から販売を再開しました。電気・ガスが止まり、地震による損壊もあったため、店内での営業はできず、商品を表に出すなど工夫しての販売再開となりました。日が落ち、暗くなってからは、従業員の車を出してライトで照らして、夜の22時まで営業をしました。実は大震災発生の時、社長は東京、専務は仙台、統括マネージャーは大宮にいて、本部には不在。つまり当日の店内での対応はすべて現場判断で行われたのです。翌日以降も、店舗の応急修理が済むまでの4日間、屋外での販売を継続しました。
マイヤの基本理念は「ライフラインを守ること」「出来る限り販売すること」。従業員は、伝統に基づいた防災訓練どおりに、まずは自分の安全を確保し、次に自分は何ができるのか考え、そして落ち着きを取り戻し、自主的に営業の再開準備に取り掛かりました。電源喪失し、レジが使えない中でも、できる形で工夫して販売の継続を目指しました。それは地域のお客様方に「安心感」を与える、という一途な思いから生まれた行為でした。
この一連の行動は、マイヤの社員の大多数が会社のコンプライアンスを理解し、行動に移していたという証でしょう。

港に面したマイヤ大船渡店

●営業本部も津波被害

マイヤの営業本部は大船渡店よりも少し内陸にありましたが、やはり津波に飲み込まれました。地震直後から電話も衛星電話も不通となり、各店舗との連絡も途絶えていました。大津波警報の発令ともに、さらに内陸の高台にある大船渡インター店に拠点を移すために全員で本部を後にしました。その本部が壊滅的な津波被害に遭ったことを知ったのは、その後のことでした。残念ながら、本部にあった会社の基幹データを含め、デジタルデータは流されてしまいました。外部にバックアップが無かったことが悔やまれます。今後は、内陸にバックアップサーバを設け、また契約サーバにもデータを残すようにする方向で検討しています。

●コンプライアンス活動は無駄にならない 横のつながりへの感謝と地域の暮らしを支える思い

社長は語ります。
トップの役割は企業文化―コーポレイトカルチャーを作ることです。例えば約束を守るとか、行動は機敏にやるだとか、あるいは時間はどんなことがあっても守るんだ、とかそういった企業文化を作ることがトップの一番の責任。5年や6年の取り組みではどうにもならないから、積み重ねが大事だと考えます。なにかあったらお客さんを守るんだ、地震があったらすぐに逃げるんだとか、そういう意識を、企業文化として浸透させて行く。従業員に対しては、「ローマは一日にしてならず」と、根気強く繰り返し繰り返し日頃からクドクドと、口癖になるくらい伝えています。
片方に道徳、片方にソロバンとよく言われます。「倫理観」と「ソロバン勘定」。企業によっては儲かりさえすればいいよ、というトップは多いと思いますが、マイヤは「取引先からはパートナーだ」と思われるようなスタンスをもって関係を築いています。『常日頃から「正直」であれ』というのがマイヤの企業としての基本姿勢なんです。
自慢となってしまいますが、今回はそのパートナーである取引先から多くの援助を私達は頂きました。義援金や見舞金も恥ずかしいくらい多く頂きました。こんなにもらっていいのかね、と問いますと、マイヤさんは好かれているんですから、と言ってくれて。ありがたかった。これまでも普段のお付き合いの中でも取引先にあまり無理を言わないとか、無理強いしないとか、たとえば店頭に応援に来てもらったら「カモメの玉子」をお土産に持ていってもらうとか、お昼はおにぎりではなくて、かならず定食屋でお昼を食べて頂くとか、そんなちょっとした心遣いを誠意をもってやっていました。3.11の時も、白石食品工業株式会社というパンメーカーから、震災翌日から10トン車でパンが届きました。二日間で20トンの差し入れです。お気持ちがうれしかった。
震災後なかなかこちらに戻れず、なんとか5日目に盛岡まで戻ってきて、自分の家も流されたから、着替えもそこそこ薄汚れた格好で取引先を3、4軒回りました。「とにかくうちに商品を回してください」と、取引先に頼むと、喜んで回しますよ、と言ってもらえました。ありがたかったですよ。トップの習性でつい足が銀行に向かってしまいました。アポなしで行ったのですが、頭取や専務が対応してくれて、資金繰りのことで、今すぐということではないですが、なにかあったら頼みます、と話すと、マイヤさん応援しますから、と言ってもらって。うれしかったですね。
大船渡インター店での震災後の当日の販売では、火事場泥棒のように販売価格を上げての販売はしませんでした。10円部分は切り捨てして販売。たとえば128円のものを100円で売りました。「こういう時だからこそ値を上げない」と、店内販売が再開するまで、100円、150円、200円で販売を行なったのです。
自分たちの仕事とは何だろうかといつも考えています。それは、お客さんの普段の暮らしを支える、毎日無くてはならない必需品を中心扱うというサービスを保証することです。一カ月に一回や二回食べるようなものを扱う百貨店とマイヤは違うのです。マイヤはスーパーマーケットなんですから。それが自分たちがお客様に提供できる「ギャランティ」なんです。

※この記事は2011年7月に、現地で行なった取材をもとに作成したものです。