コラム

《専門図書》 価値ある資料を残すための3つのアクション<3A>~明日からできる保存対策~ 安田 智子

1.はじめに

3つのアクション

公共図書館と違って専門図書館に所蔵されている資料はユニークかつマイナーな存在で永久保存対象のものが多いと思われるため、専門図書館の職員は新旧資料の受入、出納管理に加えて、長期的な活用を保障するために資料の傷みや劣化および代替化に苦慮されているのではないでしょうか。ライブラリアンは1点1点の資料の傷みを手当てすることに加えて、蔵書全体のケアを考慮した長期的保存計画(予防処置や修復処置)を立案することが大切であることは皆さん理解されていると思います。
本稿では「価値ある資料をいかに残すか」という点において、資料を残すための3つのアクションをキーワードにして、実際に図書館で行われている保存テクニックの実践例をあげながらその考え方や具体策を紹介します。

2.自分自身の老化から資料の老化を考える!

私自身の経験ですが、肌のハリや髪のツヤの衰えを感じながらもまだ大丈夫と過信して、なんのケアもせずに四十路に入りガクッと自分自身の老化の兆候に気づきました。巷で耳にするようになった「アンチエイジング(=抗老化)」とは、加齢は免れないけれども早いうちから老化対策を講じて健康や美しさを維持するという意味ですが、活躍している60歳台の美容家を見て納得。シワやシミを取る施術や商品を披露するだけでなく、生じないよう自分自身でケアする予防対策を実践・指導しています。私は傷んだ資料の修復や保存処置をさせていただく修復保存家ですが、資料を劣化させないために効果的な予防テクニックの実践を図書館に勧めることが大切な仕事だと感じています。
資料の老化を少しでも遅くして良好な状態を維持するためには、まず資料の状態を知ることです。資料の日常的劣化要因は目に見えません。温度、湿度、光、大気汚染物質、菌、紙の酸などなど目に見えない敵に囲まれ経年で変色、酸性劣化、カビ発生といった劣化の諸症状が現れてきてはじめて問題視されるもので、こうなると専門家による処置が必要です。こうなる前に行っておくといいのが蔵書調査や環境調査です。収蔵資料と収蔵庫の状態を把握し保存計画を立てることがアクションプランニングです。自分の図書館の資料と保存環境の特徴や問題点が見えてきたら、予算を立ててアンチエイジングです。館内の理解を得て予算を確保するにはアピールが必要です。現状をアピールし、劣化が顕在化してから修復保存処置するより、早めの資料保存対策を講じるほうが経済的であることを伝える必要があると思います。

3.<1つ目のA>アクションプランニング

アクションプランニングとして紹介する蔵書調査や環境調査ですが、最も効果的でてっとり早いのは専門家が行うことです。各種専門機器や道具、経験があるため、長期および短期で本格的な調査が行えます。東京修復保存センターでは調査に際して、できるだけ図書館員の方々にも調査に立ち会っていただき情報を共有する方法をとり、調査の折々で発せられる意見を聞き取る形を取っています。各図書館で建物の構造から書架の配置、資料の来歴、利用状況も異なりますし、「ウチのコレクションの特長」を一番良く知っているのはやはり図書館側で、調査終了後も図書館員が引続きモニターされることはとても重要です。
予算的な問題や組織上調査を外注することが不可能な場合、自分たちでできる範囲で蔵書調査をするのはいかがでしょうか。
調査カルテを作成しましょう。資料毎にとるカルテの項目は、欲張らずに3つか4つに絞って①酸性紙かどうか、②製本が良好か、③総合的5段階評価、に自由な所見を書き込めるスペースがあれば十分です。国立国会図書館などの調査でも利用しているpHチェックペンで簡単に酸性紙の診断ができます。調査基準のばらつき防止のためにメンバー間のコミュニケーションは必須です。またその際、特徴的な劣化損傷はデジタルカメラを使ってドンドン記録しておくと効果的です。

チェック・ツール

収蔵環境調査に使うデータロガー式温湿度計は比較的安価なものでもデータグラフ解析ソフトがついた機器がありますので、自館で購入して気になるエリアにおいて、温度湿度の変動を調査することもできます。目的に合った機種選びが必要となりますのでわからないことがあれば始める前に遠慮なく何でも相談してくだされば適切な助言ができると思います。
アクションプランニングは何のためにするのでしょうか。資料にとっては“老化を少しでも遅くして良好な状態を維持するため”ですが、皆さんにとっては“客観的な数字データを把握するため”です。調査の結果が集計されれば、資料の現状や将来的劣化の傾向が数字で表せるため、「漠然と資料が傷んでいる」とただ不安を感じている状態から抜け出せるでしょうし、資料保存の優先順位付けにも役立ちます。これらの数字を活用して保存計画をたて写真入りレポートをつくれば館内の理解を得るアピール素材になるはずです。

4.<2つ目のA>アンチエイジング

アクションプランニングの実行により、資料の劣化損傷傾向や利用および保存環境の良し悪しがわかってきます。次はできることから実践してみることが大切です。
2つ目のアクション「アンチエイジング」の考え方は、医療の早期発見・早期予防・早期治療の「早期予防」にあたります。例えば、資料のクリーニングを行ったり、製本構造が弱っている資料は保存容器で保護したり、酸性紙はまだ酸性劣化が進行していないものを優先的に脱酸性化処理を施すほうが効果が高く長い目で経済的といえます。また周辺環境の改善を優先して、収蔵庫の温度湿度の変動が大きかったり、資料に直射日光が当たっている場所があるならばその対策を講じるべきかもしれません。アンチエイジングとは若返り術ではなく、資料が傷む要因を少しでも減らす、傷むスピードを抑制するケアのことですから、図書館での日常的な業務と位置づけて組み入れられるのが望ましいです。

<資料への老化対策例>

  • クリーニング
  • 保存容器の活用
  • 酸性紙の中和(脱酸性化処理)

<資料の周辺環境改善例>

  • 空調機器、フィルター改善
  • 照明器具や窓にUVカットフィルム
  • 除湿器、加湿器
  • 利用者の啓蒙
4-1.本のクリーニング

クリーニング作業

小平市中央図書館では様々なアイディアで資料の劣化を予防しています。利用者に資料をやさしく扱ってもらうよう呼びかけるしおりを利用者に配布したり、ダメージを見つけたら記入する事故伝票を用意するなど資料を傷めない工夫が見られます。
返却された本のクリーニング作業を行っているのですがシルバーボランティア雇用派遣制度を活用し再配架と連動してルーチン化されていて無理がありません。返却から再配架の間にクリーニングという工程を入れることで気持ちよく資料を利用できるサービス提供をしているわけです。エタノールで1冊1冊拭き終わった布が数冊で真っ黒になるのを目の当たりにすると汚れをためないことが老化防止になっていることがよくわかります。
また図書館でホコリ等を掃うにもスペースの問題や逆にゴミや菌を撒き散らす恐れもあり難しいかもしれませんが、比較的安価で卓上型のクリーニングマシン(HEPAフィルター付)で排気の心配がないものがあります。購入するまでもないならば、出張サービスや我々のマシンの貸出しもしますので活用してみてください。

4-2.保存箱の活用と酸性紙の中和

DAマーキング

光、温度湿度の変動、虫などの外敵から資料を保護する中性紙保存箱ですが、納めてしまうと中が見えない難点があります。ある大学図書館の場合、明治や大正時代の教授の遺族から研究ノートなどの手稿類の収集活動を続けていますが、量が多いため本格的な修復は難しく、保存方針の下サビ除去などミニマムな補修を施した後、保存箱に納めています。この図書館では手稿類は全て酸性紙ですが脱酸していないので、箱に「資料の状態」「施した補修」に加えて「要脱酸」と明記したラベルを貼っています。こういう工夫は後に新しい担当者の助けになります。保存箱のずらっと並んでいる棚の前に立った時にこれらの資料はどのような処置が施されて箱に納められているか、何が必要か一目でわかるよう配慮されている保存箱活用の好例です。
このように酸性紙資料は脱酸性化処理されずに保存箱に納められるケースがあると思われますが必ず「未脱酸」あるいは「要脱酸」と箱にラベルや鉛筆で明記されることをお勧めします。もちろん、酸性紙は脱酸性化処理をするのが望ましく、欧米の資料保存機関では推進中でアメリカ議会図書館やオランダ王立図書館の方針では、まだ劣化が進行していない強度が残っている近現代資料をメインに大量脱酸の対象としています。酸性紙対策は後になればなるほど技術的にもコストや時間がかかるため、保存プログラムの中で早期の脱酸性化処理は経済的な方法と位置付けられているからです。

5.<3つ目のA>アピール

さて、3つ目のアクション「アピール」です。資料のケアを行うには周囲の理解が不可欠です。なぜならば、今手に取っている資料が劣化するとはライブラリアン以外誰も想像できないものです。だからこそ、資料の保存、維持管理には費用がかかるが、今のメンテナンス次第で蔵書の将来が変わることを説明する必要があります。
必要性を訴えるには、共感を得るためのアイディアが必要です。ちなみに、調査をして資料の現状が見えてくると「保存マインド」といえるような保存意識が高まってきますが、同時に「予算がない」という壁も高く感じて逆に萎えてしまう可能性もあるかもしれません。しかしその壁は越えなければなりません。そのためのアピールには様々な工夫とあきらめないことが大切だと思います。
たとえば、資料保存の代わりに、「経済的コレクション保存管理」とか「資料のリスクマネジメント」と今風に表現すると、将来的なダメージ=リスクを最小限に抑えることが経済的であり危機管理だと感じる気がしないでしょうか。もっともそう簡単ではないとは思いますが、「ダメ元で毎年起案していたら6年目に予算がついた!」といった話も実際に聞きます。酸性紙の脱酸というより紙の中和というほうが優しい印象が与えられるかもしれません。
ある図書館では資料保存を他の業務とうまく連携させる工夫をして、マイクロやデジタル化などの事業と一緒に資料の修復や保存を実施して成果をあげています。うまく道を拓くことができればまたそれが前例となり新たなアピール材料になります。

6.最後に

予防的保存はPreventive Conservationの和訳ですがPreventの語源は「先手を打つ」。決して何もしないことではありません。実際は、先に紹介した図書館での実践のように、劣化する前に資料に介入して予防するという積極的な行為がPreventだと思っています。専門図書館の価値を高めるためにも何かできることから実践されることを期待します。
全国研究集会で講演するに際し、2005年に本誌「専門図書館」No.211号に寄稿した拙論『価値ある資料を未来に「のこす」という誇り』に準じた内容で図書館員が実践できることを話してほしいとの依頼を受けました。したがって私の専門である修復技術のことではなく専門図書館の図書館員ができる資料保存について講演いたしましたので、本稿は「価値ある資料をいかに残すか」の続編と思っていただければ幸いです。
また、昨年の同分科会で講演されたお茶の水図書館の佐藤祐一氏のように明確な目的意識と技術を持って資料保存に取り組めば、着実な達成感が得られるでしょうし、図書館の資料保存全体の底上げとなると思います。

●参考
1)「専門図書館」2005年No.211と2006年No.219も参照くださいませ。
2)Ⅵの章は講演内容の補足として加筆しました。
3)写真提供:小平市中央図書館、東京修復保存センター
●便利な情報・図書館資料の保存について
1)お茶の水図書館   www.ochato.or.jp 資料保存に関するリンク集
2)国立国会図書館 www.ndl.go.jp/jp/aboutus/data_preservation.html
3)『利用のための資料保存』ビデオVHS 2巻 日本図書館協会監修 紀伊国屋書店発行
●紹介した商品について
1)紫外線防止対策用スリーブ、フィルム(富士フィルム、国際マイクロ写真工業社他)
2)中性紙チェックペン・Abbey pH check pen(プリザベーションテクノロジーズジャパン)
3)クリーニングマシン・ダスキャッチャー(ミューズペッグ)
英訳
Three Preventive Actions for Preservation of Valuable Written Heritage for the Future - Practical Procedures by Librarians-
by Tomoko Yasuda, Paper Conservator, Tokyo Restoration and Conservation Center
Nowadays librarians have many missions to take care of the written heritage in their libraries. Aging of paper materials (books, archives, newspapers, periodicals etc.) is inevitable, but we can minimize its negative effects. This paper shows how librarians should consider and act to prevent materials from deteriorating with three keywords, Action-planning, Anti-aging and Appealing.
Actual examples by several libraries are introduced. Damage / storage survey can make you find problems and set priority in your library. Cleaning books is not only good for library but also for users’ convenience. Early deacidification of acid-books is effective and economical. The way of thinking is based on the idea “the earlier is the better for anti-aging”. Lastly librarian can appeal to get more budget for preventive conservation because earlier treatment of aged materials is much energy-saving and money-saving. Nobody knows how much burden we have to shoulder if we do nothing.
■千葉史協だより(第23号 2006.3.31) に寄稿したテキストからウェブ閲覧用に制作しました。