災害とコンサバター
〜非常事態と日常時の救済活動〜
Conservator against Disaster
坂本 勇・秦 博志・安田 智子
災害時のコンサバターの役割

地震、火事、水害等の自然災害に備える取り組みやハザードマップ作成、政府の中央防災会議による大規模災害の被害想定などが活発に行なわれている。そこには「近い将来大規模災害が必ず発生する」という前提がみえる。西日本から東日本にかけて地震の活性期に入ったということが専門家から指摘されており、今後数十年間で大きな震災発生の可能性が非常に高いという。

 自然災害、人災が不可避の今、被災した文化遺産を保全・救済する現在の体制が想定通り実施できるかシュミレーションし、パニックが生じそうな点を改善しておくことが急務であろう。欧米のマニュアルに必ず見られるContact a Conservator as soon as possibleコンサバターにすぐに連絡するという文言を基軸に検証する。日本の場合、具体的に稼動させる方策が欠落しているという反省が強い。明日の災害発生に備えて、危機管理先進国アメリカの実践例から、わが国にまだ存在しない国家的文化遺産の災害支援体制、コンサバターの役割、日常的活動について考察する。

アメリカにおける文化遺産の国家的災害対策の実践例
自然災害人災> 

FEMANPO団体Heritage Preservationを中核としたナショナル・タスクフォースは、文化遺産を組織的にも守っていく日常的体制を構築し、災害時には迅速な初動を行ない救助の推進役に位置付けられ、文化遺産の大きな後ろ盾になっている。一方で、欧米ではBelforBMS-Catなどの民間会社や地域保存修復センターにより、24時間体制で緊急支援レスキュー、ダメージを受けた資料のリカバリーが行なわれている。人災といえる酸性紙問題にはコンサバターらにより計画的な脱酸性化が実践されている。

 Heritage Emergency National Task Force

役割
  文化遺産を脅かす災害の防護と即時の国家的救援体制の構築と推進
     1994年ノースリッジ大地震の翌年発足し、以降文化遺産の救済に貢献

対象
 博物館、美術館、図書館、文書館、歴史的史跡など広範囲

構成 
  34
の主要なナショナル機関 

 FEMA・陸軍省・米国議会図書館・国立公文書館・国家危機管理協会・アメリカ図書館協会・美術 館館長連盟 ・ アメリカ博物館連盟・アメリカ建築家協会・ゲティー協会・考古学学会・アメリカ保存修復学会AIC 他

タスク  ・ 被災した資料の救助や応急処置に関する専門的な情報の提供
       災害派遣コンサバターの登録データベース運営
      災害時救急マニュアルの制作・販売
       水害にあった資料の応急処置のアドバイス集
         災害訓練マニュアルや訓練ワークショップ開催
         一般向け「写真や思い出の品々等」の応急処置支援

酸性紙スローファイアー対策

酸性紙がゆっくりと自壊する“静かな火災”いう劣化が70年代に警告されて以来、長年にわたり世界各国で脱酸性化対策が講じられてきた。

▼防災措置
酸性紙災害を広げないよう15年間の資料保存関係 者の努力により、用紙の中性紙化が普及。
▼救済措置
近年、欧米の図書館や保存修復機関で脱酸性化計画が再登場。膨大にある近代の遺産である酸性紙図書や歴史 文書を計画的に脱酸性化する動き。

米国議会図書館の資料保存対策 

長期的な視点で、時間、量、コストなど様々な問題点の優先順位を考慮して、具体的な対策が講じられている。

Comparative Cost Data
図書一冊の保存手段(デジタル化等の代替化・脱酸性化・修復など)のコストを試算してグラフ化
One Generation Project 
30年間で850万冊の所蔵図書や文書をブックキーパー法で脱酸性化て未来に残すために始まった国家的規模の文化遺産の災害対策事業

日本の文化遺産の危機管理体制を見直す

災害時には史料ネットのような地域に密着したグラスルーツ型の災害支援が最も有効であり、その活動を円滑化させ支援する国家規模の救援体制が求められる。
政府が災害対策の予知前提を見直し、事前の実質的対策を求める大綱をまとめたように、文化遺産にも国と自治体、組織、コンサバターらが一体となって実働する文化遺産の緊急支援ナショナル・タスクフォースの構築が今求められる。


 文化遺産の緊急支援タスクフォース 

・被災する文化遺産を救援する様々な活動の 円滑化
・地域に密着したグラスルーツ型活動の支援


役割 
文化遺産を災害から守るという国家的コンセンサスの確立。救援活動のネットワーク構築と日常的災害対策の推進

構成 
文化庁等の行政機関、国立国会図書館・国立公文書館・
(独)東京文化財研究所・(独)奈良文化財研究所、他 文化財保存修復学会・全国美術館協議会・日本建築学会等の全国的組織

タスク 
・各種協力機関の連携ネットワーク化

・災害派遣コンサバターの登録・データベース化
・被災現場からSOSが届くような窓口の周知広報
・被災資料の救助や応急処置の専門的情報の提供=災害時救急マニュアルの制作・配布
リカバリー技術などノウハウの蓄積と向上(資材や冷凍倉庫などの確保)
・初期活動等の法的枠組みの改正と資金的支援の確保

●ナショナル・タスクフォース型の支援体制がなぜ必要か
災害時の日本的な「文化財か人命か」という二者択一的発想は行政サイドの防災指令3号に象徴されるように文化後進国のままである。例えば大災害時には「車両通行許可」プレートが無ければ被災地で活動できないなど、グラスルーツ型では対応できない領域が存在する。それゆえに、国の省庁、自治体の防災部門と連携したナショナル・タスクフォース型の体制構築が不可欠なのである。


終わりに
危機管理の問題は事前に予測していたとしても、実際的な国家的体制がなければ被害は拡大する。風化や慣れに対する啓発も重要である。大震災を経験した我々コンサバターは、日常的活動で「災害対策」を意識した行動をとらなければならない。そのために協力し合って様々なシステムを日頃から整備しなければ、将来に文化遺産を残すどころか、いつも災害の後始末を繰り返すだけになることは自明である。文化庁が主体となり、災害救急マニュアルEmergency Wheelの日本語版を今年中に製作することが決まったことは最新のニュースである。これを機に日本のナショナル・タスクフォース型の支援体制が実現することを期待される。