TRCC東京修復保存センター  秦博志・安田智子・児島聡

   
       

1.近現代の知的遺産保存のための大量脱酸技術

欧米諸国では「膨大な19世紀半ばから20世紀末までの近代の図書や歴史文書の酸性劣化」を「国家の知的遺産の危機」と明確に位置づけ、脱酸技術の開発・研究をおこない将来的な保存対策を講じ続けている。デジタル化過信への反省から世界的に活気づいてきた大量脱酸技術の評価プロジェクトをレビューし、知的遺産の救済保存対策である大量脱酸技術の長期的効果などの世界評価基準について考察する。

2.大量脱酸技術の比較評価調査の変遷

過去10年間に実施された世界の大規模な大量脱酸技術に関する比較評価調査プロジェクトの主な7件を一覧にまとめた。これらの報告書は公開され出版物やインターネットで読むことができる。調査プロジェクトの共通点を以下に挙げる
●【劣化調査と評価調査】フランス、イギリス、ドイツ、オランダおよびアメリカは1980年代後半から国立機関や大学を中心に蔵書の劣化調査を行い、その結果を基に脱酸の必要性を明確にしてプロジェクトを発足させている。
フランス国立図書館260万冊、英国図書館200万冊、ドイツ国立・州立図書館の蔵書8300万冊の12%(1000万冊) 、米国議会図書館850万冊以上が脱酸処理を必要とする。

●【評価条件の設定】公的機関が大量脱酸技術に求める評価条件(Requirements)をしっかりと定めた上で開発された技術を積極的に試し、第三者機関で評価を行なっている。主に以下の3点に関して強制劣化など様々な試験方法で総合的に長期的効果が評価判断されている。
(1)脱酸効果:処理後pH6.8〜10に上昇、耐折強度300%以上
(2)長期的効果:アルカリリザーブ1.0〜1.5〜2.0%CaCO
(3)安全性:紙や色材の変色変質が無い、異臭が無く人体や環境に無害

特に()のアルカリリザーブが不十分な場合pHが短期間で再び低下することもあるため、脱酸処理の長期的な効果の評価基準としてアルカリリザーブの量は重要視されている。最新例ではフランス国立図書館がオランダのTNO研究所に委託した調査(表F)でSONOの影響による脱酸効果も比較検討されており、将来的な影響も考慮される傾向にある。
 一方ドイツ、フランス、スイス、スペイン各国から新技術が次々と開発され評価対象になっているがオーストリアやドイツのコンサバターの報告では今はヨーロッパの大量脱酸技術の評価が出揃うのを待っている苦悩状態であるという。ただし各国とも自国の技術でなくても自国の技術でなくてもより安全で効果的な方法であれば積極的に採用する。そのために国家予算を確保し本格的な調査を行っている姿勢が読み取れる。

調査国 評価調査プロジェクト名
(デスクリサーチも含む)
評価対象に挙げられた大量脱酸技術
@1992 フランス Mass Deacidification of Paper -a comparative study of existing processes Bookkeeper DEZ WeiT’o FMC Sable BPA BritishLibrary
A1994 ベルギー Evaluation of Seven Mass Deacidification Treatment Bookkeeper DEZ WeiT’o FMC Sable BPA Vienna
B1996

ECPA

Mass Deacidification an Update of Possibilities and Limitations Bookkeeper DEZ WeiT’o FMC - Battelle -
C2001 イギリス The Enemy Within ! Acid Deterioration of Our Written Heritage Bookkeeper CSC WeiT’o Papersave Libertec - Buckeburg
D2002 日本 紙資料の保存 劣化状態調査法の定式化と大量脱酸処理法の開発 Bookkeeper - - Battelleスイス Sable Battelle Vienna
E2003 イギリス INFOSAVE  -Saving our national written heritage from the threat of acid deterioration- Bookkeeper CSC - Papersave Libertec Battelle Buckeburg
F2004 フランス Evaluation of Four Mass Deacidification processes 2000-2004 Bookkeeper - - - Sable Battelle Separax

アメリカ:WeiT’oBookkeeperDEZFMCBPA /ドイツ:BattelleLibertecBuckeburg /フランス:SableSeparax /スイス:PapersaveBattelleスイスは同じ /スペイン:CSCオーストリア:Vienna /イギリス:BritishLibrary *は紹介のみ。ECPAEuropean Commission on Preservation and Access@AFの比較評価結果:は評価が高かったもの、は改良の余地あるもの、は不適当と見なされたもの

3.コンサバターの実験:脱酸処理の長期的効果<アルカリリザーブ>

修復保存作業プロセスで行なわれる脱酸処理の長期的効果を確認することは重要である。海外の論文で紙のpH値は酸性、アルカリ性を示すだけで、将来的な酸の攻撃に対してのバッファー効果を示すものではないとあり、長期的脱酸効果の評価として欧米で実施されているアルカリリザーブ値による確認の実験を行ない結果を報告する。

●実験

 昨年末から少量規模で水性・非水性脱酸処理した資料のpH値とアルカリリザーブの測定をした。

方法:クラブソーダ法(水酸化マグネシウム)、クラブソーダの代わりに二酸化炭素吹込法の水性2種  
    (30分浸漬と両面スプレー),Bookkeeper法(酸化マグネシウム分散液)の非水性スプレー。
p:表面H測定(J.TAPPI紙パルプ試験方法No.49-86に準拠、平板電極式デジタルpH メータ使用)。
アルカリリザーブ:残留アルカリ測定(ASTM-D4988-96採用)
試料pH4.9の酸性紙(米国議会図書館で使用しているテスト紙)

●結果
・水性脱酸は厳密な溶液管理の下ではいずれも1.2〜2.7%CaCOのアルカリリザーブ(以下AR)が得られた。溶液作成時の個人差で溶液の濃度が不十分だと、処理後のpHが7以上でもAR0.5CaCO以下だったり、6ヵ月後にpHが6以下に下がっていた。また水酸化マグネシウム飽和溶液でスプレー処理後はpH8と高くてもAR0.44CaCOと低かった。(浸漬だとp9.50AR2.16CaCO
・非水性は処理直後平均pH9.39AR1.8CaCO6ヵ月後平均pH 9.15AR0.66CaCOだった。

●考察
・水性脱酸は溶液の管理方法によってpHやアルカリリザーブ量が変わったことから、修復工房で使われることの多いクラブソーダ法では低温管理、二酸化炭素をフレッシュにし溶液を飽和させて少量ずつ30分以上資料を浸漬させて処理するのが望ましい。また、水性溶液のスプレーではアルカリ残留量が十分得られない。
Bookkeeperは直接水を介さない反応なので溶液の濃度は常に安定だが、今回の実験で半年後にAR1.14CaCO減っているのは保管環境の影響で消費されたのか、測定の誤差か不明である。
・この実験で脱酸処理後pHが7以上を確認してもAR1.0CaCO以下と少ないこともあることから、脱酸の長期的効果を確認するためにはpHと共にアルカリリザーブを測定する必要がある。ただし、試料1gを使用する破壊テストなのでテスト紙を用いることになる。