ベトナム国家文書局への訪問

ユネスコ「世界の記憶」に登録された資料の修復の技術支援

国家文書局No.1局長と記念撮影

この夏(2017年8月7~11日)に、技術支援の目的で、ベトナムから招かれ、ハノイのベトナム国家文書局 No.1(National Archives Center No.1)に安田と児島で訪問してきました。
私たちの訪越で一番求められたことは、著しく固着した資料に対する修復技術の確認でした。
2014年のことですが、ユネスコの世界の記憶(地域版)に、ベトナムの歴史的な重要資料群の「Châu bản triều Nguyễn(チヤウ・バン・チエウ・グエン)《「グエン王朝の朱本(版)」~王様の朱印が押されたグエン朝の文書》」が登録され、遺産証明書が発行されました。
その資料群は一部、重篤な劣化損傷を被った資料があり、日本の複数の専門家が協力の下で、TRCCにより1998-2000年に、リーフキャスティング法による修復が行われました。(TRCCの工房にて9点が修復されました。)これらの資料は、修復ができないもの、と思われていましたが、リーフキャスティング法による修復で、安心して取り扱えるまでになりました。その記録・経験は貴重であると、その3か年のうち一年目に来日されたゴック氏が、過去から、その貴重な経験と当時の記録を現在、未来をつなげるために、修復に携わったTRCCのメンバーと、現在、資料の修復を行っているベトナムのスタッフとの、情報の交換・交流の場を作ることを図ったものでした。
これから、ベトナムの地にて、そしてベトナム人によって、修復できる体制を整えていく段階です。そこで、TRCCがリーフキャスティング法による修復の技術指導の手伝いを求められました。

劣化した資料 過去の修復した資料グエン王朝の朱本の棚にて ファイルボックスの資料

ベトナム国家文書局 No.1では、「Châu bản triều Nguyễn」が収蔵されている書庫を見学させてもらいました。棚に赤い漆塗りの木の専用収納ボックスが並んでおり、その中に資料が収められていました。過去に修復した資料と、久しぶりに対面して、当時と変わりのない姿で保管されていることが確認できました。また、フランス統治時代の仏語資料の書庫では、数年前に本格的に整理を始め、グレーのメタルエッジ社系のファイルボックスに、整然とリハウジングされており、ヨーロッパのアーカイブ技術を取り入れ、進んだ保全と活用の体制が整えられていました。

疎開資料の様子(展示)疎開資料の様子(展示)疎開資料の様子(展示)疎開資料の様子(展示)

「Châu bản triều Nguyễn」を始めとする、重要な歴史的公文書群は、ベトナム戦争が激化する中で、アーカイブは国の礎であるというホーチミン氏の先見性と実行力に富んだ指導力のもとに、ハノイから北に150km離れた山間部の洞窟などに疎開されました。その当時の輸送、保管時に用いられた保護の容器(ブリキ製の金属容器)や包材も、文書局内の展示スペースで見ることができました。

フォン部長TRCCの報告技術交流会リーフキャスターを囲んで

今回の事業を主題にして、4つある国家文書局の機関から、職員を集めて、今回の事業の責任者であるフォン部長から、またTRCCからの報告や、作業の実演などの発表・研修会が行われたり、修復の担当チームとの技術交流会を開いたり、忙しくも充実した時間を過ごしました。 滞在最終日にはベトナム国家文書局 No.1から車で約30分離れた保存修復センターにも訪問し、設置されているイギリスのPEL社のリーフキャスターについて、作業上の問題点についてアドバイスを求められる一幕もありました。

ベトナムの日本大使館でも、来年(2018年)迎える外交関係樹立45周年に向けて、記念事業の実行委員会が立ち上がったり、日本の国立公文書館とベトナム国家文書局との間でも「アーカイブズおよび記録管理に係る協力覚書の交換」がされ、交流が促進される中、「Châu bản triều Nguyễn」の修復事業にも、TRCCのサポートが求められていると感じています。

登録証明書
参考:「Châu bản triều Nguyễn」について

ベトナム国家文書局 No.1のウェブサイトの情報から

ユネスコの世界の記憶(地域版)に登録された
・MOWCAP(Memory of the World Comittee for Asia and the Pacific:世界の記憶アジア太平洋地域委員会)により、遺産証明書が発行される。(発行日は2014年5月15日)
・「Châu bản triều Nguyễn」の点数は773集、およそ20万枚におよぶ資料群。~グエン朝13代のうち11代の王朝(Gia Long, Minh Mệnh, Thiệu Trị, Tự Đức, Kiến Phúc, Hàm Nghi, Đồng Khánh, Thành Thái, Duy Tân, Khải Định, Bảo Đại)の資料
・「Châu bản triều Nguyễn」はグエン朝の内閣によって収集・管理された公文書類の集書のことである。
・"Chau bản チヤウ・バン" – 硃本 (あるいは "Hồng bản ホン・バン" – 紅本とも言う)は、王様が公文書の内容への評価、意見等を赤墨で書いた痕跡がある資料という意味。(Châu或はHồngは朱インク又は赤墨のこと、bảnは公文書のこと)。この収書の中、下の期間から提出された公文書以外、王様からの Thượng dụ(上諭)、Chiếu chỉ (詔旨)、外国とのやり取り、条約等も含まれる。
※赤墨の付け方によりその呼称が異なる。
Châu điểm チヤウ・ディエム (硃 點):文頭のところにつけられた朱
Châu phê チヤウ・フェー (硃 批):王様の承認、意見を表す書類の前、後、中に書いた文字、句又は文章
Châu khuyên (硃 圈) チヤウ・ケン:王様が承認された条項、人の名前、問題の部分につけられたまる朱
Châu mạt チヤウ・マット(硃 抹), châu sổ チヤウ・ソー (硃 数), châu cải チヤウ・カイ (硃 改):「、」の形の朱、合意しなかった部分の横につけられた朱、修正された文字
※「Châu bản triều Nguyễn」の中の主な資料の分類:20種以上
Chiếu チエウ(詔), Dụ ユー (諭), Chỉ チー(旨):国民に法規的な主張、政策、命令、指示等を知らせるため、王様が公布した書類。
Tấu タウ(奏):中央又は地方期間からの報告書、提出書等
Khải カイ(啟), Bẩm バム (稟):官僚、国民が中央又は地方を通じて王様に送る書類
Tư trình テゥ・チン (咨 呈), Phúc trình フク・チン (覆 呈), Phiến lục フィエン・ロク (片 錄), Thông tri トン・チー (通 知):上下機関間の仕事でのやりとり、上の期間から下の期間への公文書等
Phiếu nghĩ フィエウ・ギ― (票 儗):王様に提出する前の内閣、各省の地方からの報告書、提出書等への意見
※「Châu bản triều Nguyễn」はグエン朝の内閣により保管され、1942にHue文化院に移管された。1959年、ベトナム共和国の大統領の指導により、Hue大学に移管された、1961年はDa Latへ、1975年はSai Gon(ホーチミン市)へ移し、その後、海外へ移管する計画もあった。1978年から首相府アーカイブ局(現在ベトナム内務省国家記録アーカイブズ局)が資料群を受け入れ、ホーチミン市のベトナム国家文書局 No.2に保管された後、1991年にハノイのベトナム国家文書局 No.1に移管された。

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